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人はボートをこぐように、後ろ向きで未来に入っていく・・・ 大弦小弦 八葉蓮華 [大弦小弦]

 「人はボートをこぐように、後ろ向きで未来に入っていく」。フランスの詩人、ポール・ヴァレリーの有名な詩の一節にある

 後ろ向きにこぐボートは、前を見ると、進んできた風景しか目に入らない。人生も一緒で、過去や現在は見えるが、明日の景色を誰も知らないように、人は未来を見通せない

 時に、自らの「未来」を悟り、残された人生と真摯に向き合う人もいる。昨年暮れ、癌のため亡くなった先輩記者のJさんもその一人だった。享年五十二歳。釣りや闘牛をこよなく愛した実直な人だった

 先月八日の朝に息を引き取るまでの三週間、妻と四人の子供たちが自宅で介護をした。深夜に容体が急変すると、長男は「明るくなったらみんな来るから、逝っては駄目だよ」と枕元で励まし続けた

 Jさんが自身の病を知ったのは六年前。心を落ち着かせようと、仏教の世界にも触れたという。長くはない余命を覚悟しつつ、家族の支えを背に必死にボートをこぎ続け、そして、静かにその手を止めた

 父の死後、長男は勤務先の京都に戻り、就職が決まった長女は春から東京暮らしが始まるという。次女は二十歳の門出を迎え、次男は四月から中学生になる。「今度はお父さんが見守ってくれる番」。妻の言葉通り、四つの小舟を天国から優しく見つめる顔が浮かぶ。(稲嶺幸弘)

大弦小弦 沖縄タイムス 2009年1月15日 八葉蓮華 hachiyorenge

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